◆ 刀談 ◆
この刀は数々の武将の手に渡ったわ。元々は戦国時代の武将、三好政長(みよしまさなが)が所有していた刀なの。だから、「みよしさもんじ」とか政長が宗三(そうざ)と名乗っていたことから「そうざさもんじ」とも呼ばれているわ。その後は武田氏に渡り、武田信虎(たけだ のぶとら)の娘が今川義元(いまがわ よしもと)に嫁いだ時に今川家に伝来したって流れ。
桶狭間の戦いって知ってるわよね? 1560年、織田信長が今川義元を急襲し討ち取った有名な戦い。そうなの、その時、今川義元から奪った刀がこの刀。信長は戦勝記念に「この刀を持ってた義元を信長が討ち取ったぞー」っていう文字を刀に刻んで、自分の愛刀にしたの。とっても嬉しかったのね、カワイイ。だから「義元左文字(よしもとさもんじ)」とも呼ばれているわ。
その後も本能寺の変の後に、豊臣秀吉が焼け跡から刀を見つけ、息子の秀頼に渡り、そして、徳川家に贈られた。徳川家では、世代が代わる際に継承の印としてこの刀を引き継いでいったみたいね。というわけで、今川、織田、豊臣、徳川と名だたる人物達の手に渡ったこの刀は「天下取りの刀」とも呼ばれているの。あなたも天下取れるわよ、きっと。
江戸の大半を焼失した大火災、1657年の明暦の大火によってこの刀は焼かれてしまってね。越前康継(えちぜんやすつぐ)によって再生されたの。かつては信長も磨り上げて短くしたり、本能寺の焼け跡から回収されたり……この刀は時代によって新たに復活しながら今日まで残ってきたものなのよ。